無料で資料を請求する

「日経CPINow・T指数と同S指数の解説」

(更新日: 2015年11月9日 )

今井 聡
株式会社ナウキャスト CTO兼チーフアナリスト
総務省統計局から現職。
大規模POSデータを用いた、価格のサンプリング方式や商品の新陳代謝が物価指数に与える影響を研究。

 この度、新しい物価指数である日経CPINowをリリースすることになった。作成者の一人として、嬉しい気持ちである。
 リリースを記念し、日経CPINow誕生の経緯と、今回リリースする日経CPINowのT指数とS指数について解説したい。
日経CPINow・T指数の前身は弊社創業者で技術顧問の渡辺努東京大学教授と、渡辺広太氏(明治大学総合数理学部・東京大学大学院経済学研究科)が開発した、日経・東大日次物価指数である。
 我が国の代表的な物価指標である消費者物価指数(CPI)は、日本銀行が消費者物価の上昇率を物価目標に設定するなど、政策判断上重要な役割を果たしている。しかし、正確な消費者物価の計測は容易ではない上、調査時点から公表時点までにタイムラグがあるため、物価の現状を分析することは非常に難易度の高い作業となっている。
 日経・東大日次物価指数を作成した目的は、こうした状況の改善にあった。同指数の作成においては、スーパーマーケットのPOSシステムを通じて、日本全国の約300店舗で販売される商品のそれぞれについて、各店における日々の価格、日々の販売数量を収集し、それを原データとして使用している。調査対象はスーパーで扱われている食料品や日用雑貨などであり、商品数は20万点を超える。データベース上の商品の識別には、各商品に付されているJapanese Article Number(JAN)コードと呼ばれる13桁もしくは8桁の数字を用いている。
 こうしたデータを用いて、日経・東大日次物価指数は、精度高くかつ迅速な物価指数となった。

売れ筋商品の日々の変化を補足するトルンクビスト算式。


 精度向上には、トルンクビスト算式の採用が大きな役割を果たしている。日本をはじめとする各国の政府統計では、数年に一度の頻度で調査対象とする品目の改定を行い、一定期間固定した品目に基づいて物価指標を作成している。
また、これらの品目のウエイトは、基準年の支出割合を用いる。これをラスパイレス算式と呼ぶ。しかし実際には、売れ筋商品は日々変化しており、こうした算式を採用する限り、精度に限界がある。日経・東大日次物価指数では、販売価格だけでなく販売数量も記録されるというPOSデータの特徴を活用することにより、価格の前年比に加え、当年と前年の売上高構成比の平均を用いて、価格の変化率を加重平均している。この加重平均法はトルンクビスト算式とよばれており、指数理論に照らして最も望ましい性質を持つ(Diewart(1978))。
 迅速性については、ご承知の通りである。日経・東大日次物価指数では、購買取引の行われた日の翌々日までにデータを収集し、物価指数を作成・公開している。
 更に付け加えたいのは、日経・東大日次物価指数が、1988年からの四半世紀を超えるデータ系列であることである。MITのThe Billion Prices Projectを始め、高頻度・リアルタイムの物価指数の作成は世界的に黎明期にあるが、これほど長い期間をカバーするデータは他に例が無い。同期間は、CPIが下落傾向を辿り始めた1990年代半ば以降を完全にカバーしているため、日本経済が陥ったデフレの過程を理解する上で重要なデータとなり得る。  

日経CPINow・T指数では調査対象店舗数を拡大。


 以上が日経・東大日次物価指数の特徴点・強みである。そして、今回、同指数の後継となる日経CPINow・T指数の公表に際して、対象となる店舗を300店舗から800店舗に拡大し、より精度の高い指数を提供する運びとなった。その他、特売を除いた物価の基調を見るためのmode指数、特売の特性を見るための指標そして物価の動きと併せてみることで、その物価の動きの性質を判断するための売上高指数と、より精緻に経済の動きを把握するための公表系列を強化している。
 一方、日経CPINow・S指数は、日経・東大日次物価指数の公表を続ける中で、各方面から頂戴したフィードバックをもとに、新たなニーズに答えるための、新しいアプローチである。
 日経CPINow・T指数は理想算式に基づいて真の物価を測る指標であるが、日銀をはじめ、金融政策の当事者は、総務省が公表する公式CPIの数値を目標として参照している。また、公式CPIとの比較・検証を行うにあたっては、対象とする品目のカバー率、そして、対象とする商品の幅についても考慮する必要がある。これらのニーズに対応するため、我々が用いるデータをもとに、総務省が取るアプローチを採用して指数を計算するのが日経CPINow・S指数である。

日経CPINow・S指数では総務省CPIの作成方法に準拠。


 S指数は、総務省が採用するラスパイレス算式を用いて計算する。この際のウエイトも、総務省が公開するそれぞれの基準年のウエイトを用いる。対象とする商品についても、総務省が対象とする品目に対応させて計算する。総務省は、ある品目に分類される商品の群のなかから、その市場で代表的な特定の商品に絞って価格を把握することにより、品質一定のもとでの物価を計測している。この代表的な商品の選定基準を「基本銘柄」と言うが、S指数の計算では、数あるJANコードの中から、基本銘柄に合致する商品だけを抽出して価格をとらえることとなる。例えば、平成27年10月現在の「バター」の基本銘柄は、「箱入り(200g入り)、食塩不使用は除く」と規定されているため、この規定に合致する商品だけが計算されることになる。これは、T指数の計算には食塩不使用の商品や、200g入り以外の商品の価格変化も評価されることに対比して特徴的である。また、基本銘柄に準拠することで、総務省が採用する単位容量あたりの換算価格による比較など、一定の品質調整がなされたもとでの指数が計算出来る。これは、企業が価格調整をする際に取り得る、容量調整に対応が出来ることになる。
 一方、トルンクビスト算式は、ウエイトとして用いる日々の販売数量が必要になるが、基準年のウエイトを用いる総務省の方式では、日々の価格が把握できればその計算が可能になる。この点では、Web-Scrapingなどの技術を用いることで、販売数量は存在しないが価格は存在するデータを指数計算に活用することが可能になる。この差異は、品目上のカバー率を向上する上では非常に優位となる。
 これらのアプローチから、S指数は、まずは800店舗のスーパーマーケットのPOSデータから、公式CPIの食料及び日用品の変化を約1か月早くとらえる指数としてスタートし、その品目のカバー率を徐々に拡大していくものとなる。
 日経CPINowの2つの柱となるT指数及びS指数について、サービスを開始するに至ったが、2つの指数は今後継続的に行っていくデータソースの開拓を通して、より一層物価の実態を捉える指標にしていきたい。

今井聡
株式会社ナウキャスト CTO兼チーフアナリスト